

慶長七年(1602年)、臥牛窯の始祖は松浦藩内の大村藩と鍋島藩の藩境にある木原皿山に窯を開きました。
地元で採れる赤土を使い、古来より伝わる刷毛目文様を施した「陶器」。
この頃大陸から伝わった技術で泉山に発見された磁石を使って作る「磁器」。
この相対する両極の技術を有する類稀なる窯元が臥牛窯です。 窯元を訪れた松浦藩の初代藩主である松浦鎮信候により“臥した牛に見える窯の形状”から「臥牛窯」と命名され420年もの間、代々伝承を重ね伝統の技を受け継いで来きました。


臥牛窯の開窯から約一世紀後、元禄四年(1691年)に諫早藩(現在の長崎市)に彗星のように現れ、その類い稀な表現力と存在感で世の中をあっと言わせた「現川焼」。
しかし多くの謎を残しつつ半世紀ほどで輝きの軌跡を残して、この世から忽然と消失してしまいます。
残された一握りの品は幻の銘陶となり後世への伝説となりました。
その幻となった秘法を求めて二百年以上もの間、人々は幾多の挑戦を重ねてきましたが、誰の夢も叶わず、それは決して再現できませんでした。
この秘法の謎を解き明かし現代に蘇らせたのが12代 横石臥牛(先先代)であり、再現を完全なものに仕上げたのが13代 横石臥牛兄弟(先代)です。
繊細な刷毛目や立体的な盛り上げ技法には、生の濡れた状態の素地への加飾が不可欠で、一般的な磁器の五倍はかかるこの秘術が空間表現や立体表現を可能にする現川焼の最大の秘密です。


平成27年2月長崎県知事は平成26年10月に開催された“長崎県国体”開会式等一連行事の為に行幸啓頂いた天皇皇后両陛下には御礼の品として「白鷺文花瓶」が贈られました。

天皇皇后両陛下へ
『白鷺文花瓶』が献上されました。
臥牛窯を代表する白鷺の文様を描いた作品です。
堂々とした風格のある花瓶の器体の上に写真を貼ったかのように手描きされた白鷺。背景の刷毛目技法が表す奥行きのある空間表現も現川焼の技法が活きています。
古来より白鷺は「鷺」の文字が示す通り「路(みち)をひらく鳥」と云うことで開運の意味を持つ吉祥文として大切にされてきました。今回の「白鷺文花瓶」は形状・柄ともに臥牛窯の代表的な作品です。
メディアで紹介されました
■雑誌
新潮社「芸術新潮」2007年6月号
中央公論新社「婦人公論」2007年4月号
都市出版「東京人」2007年5月号
PHP研究所「歴史街道」2007年5月号
インデックスコミュニケーションズ「Wasabi 和沙美」2007年3月号
日経BP社「Priv」2007年3月号
日経BP社「REAL SIMPLE」2007年6月号
日経BP社「JAPAN NOW」2007年5月号
■TV
1998年12月放送 NHK BS-2
やきもの探訪「幻の技を受け継ぐ」
2014年12月放送 テレビ長崎
「412年目の継承」受け継がれる日本唯一のやきもの
2015年2月放送 長崎国際テレビ
「家族のチカラ」長崎・福島 大地とともに受け継ぐ心
2019年1月放送 NHK
イッピン「長崎・現川焼」
2019.1/15 19:30 BSプレミアム
2019.1/22 12:00 BSプレミアム
2019.1/18 19:55 NHK長崎
2019.1/19 07:35 NHK長崎
2019.6/29 04:30 NHK総合